大荒れの天気
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きのうは秋祭り。
この前の祭りは、鶴岡八幡神社のお祭りで、今回は天田稲干神社のお祭り。
この時期、毎週のようにあちこちで秋祭りをやっている。
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2006年10月24日(火)
のち晴れ
田舎には「オフトーク」と呼ばれているものがある。
電話がやってくる前、ここらあたりは「有線」というものがあった。
「オフトーク」は「有線」の名残である。
「有線」といっても、音楽流してるわけじゃありません。
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移住を考えたことがありますか?
最近では、定年後に田舎や外国に移住する人がいるようですが、うちの場合、田舎から都会への移住となります。
が、一見よさそうな田舎暮らしにも、都会への移住も問題は多いんです。
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これからの時期、ここ神石高原町では「ピオーネ」の出荷が最盛期を迎える。
昔は、もちろんお米が最も多数を占めていたが、なにぶん政府の減反政策により、ここらあたりでお米を出荷しているのは、わずかである。
最近は、ピオーネ、プルーン、トマト・・・などが、主流ではないだろうか?
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2006年8月12日(土)
一時夕立
いよいよお盆がやってくる。
といっても、ばあちゃんの初盆ではあるが、あまりお参りのお客は多くなさそうである。
前もってお参りにきた人も多いんで・・・。
初盆と言えど、こんなもんか。
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我が家は神道だ。
といっても、先祖代々という訳じゃなく、約30年前にじいちゃんが亡くなるとき、「葬式は神道で」という遺言でなった。
なぜか?別に神道を信仰しているというんじゃなく、お寺はなにかとお金がかかるので、じいちゃんは嫌いだったらしい。
神道と仏教、何が違うか?
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2006年7月20日(木)
毎日雨である。
各地で死者、行方不明者が多数でているようで、心が痛む。
災害って、いつ自分の身にふりかかるかわからないけど、ふりかかるまでは「自分だけは大丈夫」という、妙な自信があったりする。
気をつけなければ。
夏休みがくるが、子供達も雨じゃあ、つまんないだろうな。
田舎と言えども、夏はさすがに、いろいろ観光行事があるようで・・・。
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2006年7月16日(日)
一時雨
今日もきのうと同じような天気。きのうと違って、雷はあんまり鳴らなかった。
でも、涼しい風が吹き抜ける、そろそろ梅雨明けを思わせるような天気でした。
今日の午前中、庭の草取りをしていると、どこからともなくバイクをふかすような音が聞こえてきた。
「また、どこかの若いモンが遊んどるな」
と、思っていたら・・・
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「秋葉さん」をご存知だろうか?
このあたりでは、昔から火の神さまを祀るお祭りがある。
それが、秋葉さん。
お祭りといってもこのあたりの人たちが集まって、宮司さんに拝んでもらって、ちょっとした宴をもつ程度の行事なのだが。
(私など、「秋葉さん」が火の神さまだなんて、今日初めて知った!)
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2006年6月12日(月)
今日はいよいよワールドカップサッカー2006ドイツ大会の「日本×オーストラリア」ですな。
興味はさほどないサッカーですが、やっぱり見たい!
だって4年に1度だし、日本が自力で出場する初めての大会だもん。
今日は夜はテレビの前に座るので、更新は早めです。
ここ豊松村は2年前に合併して、神石高原町(じんせきこうげんちょう)になりました。
でも、過疎の山村であることには違いなく、就職もむずかしい。
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2006年6月11日(日)
今日は天気予報では午後雷雨となっていましたが、おだやかに晴れが続きました。
沖縄の方は雨の被害がひどいようですね。
お見舞い申し上げます。
うちのほうは川からは高さがあるので、床下浸水とかはしないんですが、裏の山がくずれるかも・・・という恐怖はあります。
さて今日は、神石高原町唯一の観光地といっても過言でない(と思われる)「帝釈峡」について。
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今日は一日よいお天気でした。畑も乾いたので、久しぶりに花ガラ取り&草取りに精を出しました。たいして動いてなくても、じんわりと汗が出るくらいの暖かさ。でもまだまだ、三寒四温で、また寒い日もやってくるようです。気をつけてないとかぜひきそうですね。
さてさて、東京にいる頃、自己紹介とかで「広島出身です」というと必ずと言っていいほど交わされた会話、「おっ!菅原文太だね。あれ、あれ、なんだっけ?映画の・・・」「仁義なき戦い、ですか?」「そうそう!○○じゃけんっていうんでしょ?」「はは、そうなんですよねー」と、一応私もいい年こいた大人なので、話をあわせてまいりました。
が、広島というとみんな「じゃけん」じゃと思っとる皆さん、それは間違いです。
広島も広うございまして、山口県よりだったり、瀬戸内側だったり、山陰よりだったりするわけで、ここ旧豊松村は岡山県よりなんです。だから、言葉の語尾は「○○じゃけぇ」になるんです!
県内でも、すこぶる言葉がきたないと評判のこのあたり。そりゃあもう、同じ広島県人にでも通じないような言葉もいろいろあります。昔聞いた話に「はしる」に関する笑えるものがありました。「はしる=ひりひりする」なんですが、ある夏休みに豊松の親戚の家に遊びに来た広島市内の子が、ころんで怪我したとき、「はしる?」と聞かれて意味がわからず、突然そこいらへんをすたこら走り出したらしいんです。その話を聞いたとき、県内なら当然通じると思い込んでいたので、ショックだったのを覚えてます。
子供の頃より使い慣れた言葉なので、自分では違和感はないんですが、いざ標準語にしようとすると、「あましをくう」とかはもう一言では説明できません。えーと、何かをひっぱってて、手がはずれてガクッとなったようなときに「あましをくうた」のように使うんですが・・・。この場合の「あまし」とは何なのか?私にもわかりません。
本日のタイトル、「はよういんで、てごをせにゃぁ」は「早く帰って手伝わなきゃ」という意味です。東北弁とかも聞くと意味不明ですが、比較的わかりやすいと思われる広島弁といえども、あなどれないでしょ?
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20年くらい前に祖母からもらったお守りを今も後生大事に持っている。「縁結び」のお守りなんだが、こういうものっていつまで有効なんでしょか?
この村(住所は一昨年11月に合併して、町になったんだけど、どこから見ても村)にはその名も「幸運仏」というのが存在する。いつごろだったか、どっかを掘ってたら土ん中から、五輪塔?とかいう石が出てきて、そいつを祀ってあるそうな。「幸運仏」っていうから、お地蔵さんだと思ってたんだけど、母に聞いてみると「石」なんだそうな。私はまだ、行ったこともなきゃ見たこともない。今度行ってみよ。祀ったあと、その地区で7軒中5軒で縁談がまとまったとかで、縁結びの神様として人気となったらしい。
できた当初は、里(都会)のほうからもずいぶん多くの人がお参りにきて、中には、めでたく結婚した人もいたらしい。今も、前よりは減ったが、きてるらしい。20年くらいまえにうちの祖母とおばさんが一緒にお参りに行った。おばさんには私と同い年の娘がいるが、「幸運仏」にお参りに行った後すぐ、めでたくご結婚なさった。見事ご利益があったのだ!しかし・・・私にはいまだ・・・ない。ふだんの行いが悪いのか、苦しいときも神様にゃあ頼まん!と思っているから、神様の方も助けん!と思ってるのか・・・本人納得いきませんがな。
さて、問題はこの20年も前の「お守り」である。お守りである以上、そまつにはできないから、捨てっちまうわけにもいかないだろうし、かといってこのまま持ち続けていても、何のご利益もなさそうだし・・・、どうすっぺ?まあ、丁重にどっかにしまっとくとするかな。ご利益がないにしても、まさかバチまではあたるまいて。
むやみやたらにお守りくれるの、やめてもらいたいもんだ。まったく。
今日も最後まで読んでいただいて、ありがとう!
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本日も晴天なり。
桜の花なんぞも市内では満開らしいが、
この山奥では、まだまだ・・・。
あちこちで新入生の声も聞かれる今日このごろ。
新入生といえば・・・、遠足。
なぜかって?
ここらあたりでは、新入学の最初の行事は
なぜか遠足なのである。
私は小学校、中学校、高校となんと!12年間も
同じ場所「仙養ヶ原」へ、毎年、遠足に行ったのだ。
都会じゃ遠足もバスらしいが、田舎はひたすら、徒歩です。
小学校と中学校は隣接しているので、
目的地までは約6km(だったっけ?)の道のり。
(小学校上がりたての6歳が歩く距離じゃねえな)
高校は隣町なので、ルートが違う。距離は不明。
たどりついて何するわけじゃない。
なんとなくいろんな催し物をやって、弁当食って
帰ったような気がする。
行きはみんなで列を作ってドンドコ歩くんだが、
帰りは現地解散で、それぞれ自分家に近い道を帰る。
こいつが楽しい。
私の帰るルートは途中から「けもの道」に入る。
道なき道、山の急斜面をデケデケ帰る。
うっそうと茂った草むらや涼しいくらいの森の中、
湧き出る水を飲んだり、倒れた木を乗り越えたり、
ちょっとした探検気分でした。
おまけに毎年1回しか通らない道だから、
なんとなくしか覚えていない。
あの頃はそんな道を通っても、ぜんぜん怖くなかった。
さすが田舎の子と自分でも思います。
新入生歓迎なんだから、行き先に
もうちょっと工夫があってもいいような気も今ならするが、
当時は何のギモンも抱かなかった。
若かったのね。きっと。
春が来るとキッチリ思い出す、子供のころの記憶です。
いいんだか、悪いんだか、どうなんでしょ?
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